石川県版Vol.31
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故郷への災害派遣プロ野球選手になる夢かつての野球少年が決意したのはひとを助けるプロになること(28歳)田ほし斗としちか士哉 星プロを目指し、野球に集中したいと親元を離れ、やってきたのが石川県の高校でした。残念ながらプロには手は届きませんでしたが、野球で養った体力と気力を活かして人の役に立つことができると、自分の進路に選んだのが陸上自衛隊。普通科連隊に配属となり、作戦行動に必要な敵側の情報を収集する「斥せっう候こ」の任務を与えられました。「斥候」というのは、昔でいうと“忍者”のような役割。最前線にいち早行こう。命だけは無事だった家族のもともう7年前になりますが、あの東日本大震災発生直後の宮城県で、自分は行方不明者の捜そうく索さにあたっていました。帰らぬ人となってしまった家族と対面し、悲しみに暮れる人々の姿を見るたび、胸が詰まりました。すぐ隣りの福島では、私の家族も避難生活を送っていました。「すぐにでも会いに行きたい」。はやる気持ちを抑えながら10日間の任務を遂すいへ駆けつけましたが、実家があったはずの場所にはがれきが点在するだけで、記憶にあった街の姿は完全に消えて無くなっていました。「自分は生涯かけて、自衛隊員としての人生を全うしたい」。入隊して3年目、初めての災害派遣で自分の仕事の使命を痛いほど認識し、そう心に決めたのは21歳の時でした。5人兄弟の三男坊として福島で生まれ育った私は、幼稚園の時から野球をやり始め、中学校では市の選抜選手としてマウンドに立ちました。6陸上自衛隊普通科陸上自衛隊 金沢駐屯地第14普通科連隊 本部管理中隊3等陸曹出身校:いわき市立四倉中学校(福島県)    金沢学院高等学校

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