大谷の職業人(編集・発行 珠洲市立大谷小中学校)
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農業を務めるまで し仁志 清水町の高台には、山㟢さんの段々畑が広がっています。長年、JAに勤め、現在は奥様と二人三脚で多くの野菜を生産されています。山㟢さんのお父さんは、もともとこの地で農業を営んでいました。学生の頃から農業を手伝い、働き出してからも仕事と農業の二足のわらじで畑を守ってきました。跡を継いだ頃は、既に周りの農家が減少しており、「自分がやらないといけない」という使命感にかられたこともあるとか。このころから、家の手伝いをすることで、自然の様子をしっかり見て育てることを学んだそうです。そうして、自然と、自分のすべきことがわかってきて、しぶとく長く、今も農業を行っているのだと話してくれました。「誰でも作物は作れる」と山㟢さんは言います。しかし、誰もが作れる作物は、形が格好の悪いものになってしまいます。商品にしようとすると、見栄えも良く、おいしい作物を作らなければいけません。しかも、畑によって土などが違うため、見栄えのいい作物を作るのは、大変難しいことです。 毎年同じようにとれるわけでは無い作物。それを山㟢さんは奥さんとお二人で、広大な土地で農業を行っていらっしゃるので、とても時間がかかるそうです。自信のある作物でも、その日その日によって気候が変化します。田んぼでは、水を与える時期を調節しなければいけません。山㟢さんは、この様な工夫をそれぞれの作物に合わせて行っています。そのため、思ったように作物がとれたときはうれしく感じるそうです。しかし、今、地球温暖化で四季がはっきりせず、昔より作物がとれにくくなりもっと工夫して、作物を育てなければいけなくなっています。「農業は、学校のように教科書のようなものはあるが、土地ごとに工夫をしないと育たない」とお山㟢清水町在住 努力の分のうれしさ やまざきひとさん 農業

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