さくらノート富山県版Vol.14
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41oV8102ETON.l 5 ARUKAS人が熟成する職場出し、印刷用のデータをつくります。これを専門用語で「DTP」といいますが、私が入社した頃はこの技術が導入されたばかりで、まだ先輩たちは切ったり貼ったりしながら、手作業で印刷のデザインを作っていたのを覚えています。その当時からすれば、作業はずい分ラクになりましたが、一方でシステムがどんどん進化し、高度なスキルを備えたDTPのスペシャリストが求められるようになりました。パッケージ印刷でトップを走り続けるために、その期待の大きさを身を持って感じています。自分の原点となる先生たち小学校時代にお世話になった荒瀬先生から教わったことは、今でもしっかり覚えています。「人に対する思いやり」「人がやりたがらないことこそ進んでやる」「ものを大事にすること」「人が見ていなくてもサボってはいけない」など、人間形成につながる大切な言葉の数々は今でも私の心の指針となっています。柄もないと進路高校時代、自分には何の取に悩んでいた時、ほうきに詰まったゴミを手で取り除いていた私を見て、「企業が求めているのはそういうことができる人だ」とほめてくれ、この会社が合っていると推薦してくれた矢野先ったバ生。自分に対する厳しさと忍耐力を培レー部の栄先生など、素晴らしい先生たちとの出会いによって、今の私があると思っています。壁にぶつかって気力を失いかけた時、先生たちを思い出すと原点に戻った気がして、また前を向いて歩き出せるのです。機き法ほうについても一部覚えておかないつちかとりえ私が新人の頃に使っていたシステムとは違い、経験を必要とする色の再現もパソコン上で簡単にできるようになりました。しかし、パッケージ印刷は、印刷の後に続く工程がたくさんあるので、機械や製せいん版はについても知っておく必要があります。また、医薬品の種類によって表記の仕方も厳密に決められているため、薬やっといけません。プロのオペレーターになるには、時間も要するのです。私自身、DTPのオペレーターとして新しい技術を追いかけ、スキルを磨いてきました。思うようにできない悔くやしさを味わい、そして出来ることが増えていく楽しさも経験してきました。ですから、日々壁にぶつかり、もがいている若い後輩たちの気持ちもわかります。彼女たちの心の声に気づき、フォローしていけるよう、広い視野で見守りたいですね。出産育児で職場を離れた時期も何度かありました。仕事に復ふっき帰すると、「待っとったよ!」って笑顔で上司が迎えてくれたことがとても嬉しかったです。若い時は思ったことはありませんでしたが、自分がいつでも戻れる居場所があるのは幸せなこと。若い人たちもそう感じてくれる日が来ることを心から願っています。DTPの技術が進み、以前はできなかった新しい印刷表現も可能になりました。印刷・包装資材の製造、販売朝日印刷株式会社〒930-0061 富山市一番町1番1号 一番町スクエアビルTel. 076-421-1177URL http://www.asahi-pp.co.jp/ ■代 表 者 代表取締役社長 濱 尚 ■創  業 明治5年(1872年)  ■従業員数 958名  デザインはパッケージを展開した形になっています。印刷→打抜き→抜紙→糊付の工程を経て出荷されます。

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