NHK朝ドラ「べっぴんさん」。
時代は、大阪万博のあった1970(昭和45)年頃。
戦後を生きぬき、定年退職を迎えたオライオン(坂東営業部)の
長谷川さんのセリフ。
時代は、大阪万博のあった1970(昭和45)年頃。
戦後を生きぬき、定年退職を迎えたオライオン(坂東営業部)の
長谷川さんのセリフ。
「どう働くかは、どう生きるかにつながります。皆さんもどうか
充実した人生をお送りください」
充実した人生をお送りください」
天皇陛下のベトナム公式訪問のニュースで知った、残留日本兵の話。
「太平洋戦争(大東亜戦争)時、当時のフランス領インドシナに進駐
し、ベトナムで終戦を迎えた旧日本軍の兵士が、その後も現地に残り、
フランスとの独立戦争に加わった。その残留日本兵の妻や子供たち
との面会をされた」
し、ベトナムで終戦を迎えた旧日本軍の兵士が、その後も現地に残り、
フランスとの独立戦争に加わった。その残留日本兵の妻や子供たち
との面会をされた」
そして、今朝の北國新聞に掲載されていた、ビーインググループ
喜多社長が社員に語っているという言葉。
喜多社長が社員に語っているという言葉。
「責任感で仕事をするな。使命感でやろう」
この3つの事柄に共通した、「生き方」に対する“日本人らしさ”
を感じた。
を感じた。
人は、生まれ変わり死に変わりを繰り返すのかわからないが、
たまたま生まれ落ちた時代環境によって、運命は変わってしまう。
たまたま生まれ落ちた時代環境によって、運命は変わってしまう。
国家存亡の危機にあり、衣食住はおろか、生命すら保証されない
時代においては、「個人」より「公」が優先される。個人が果たす
べき使命は「公のため」であり、自らの命を賭ける大義がそこに
あった。
時代においては、「個人」より「公」が優先される。個人が果たす
べき使命は「公のため」であり、自らの命を賭ける大義がそこに
あった。
敗戦後も、異国の独立のために闘い、矢弾尽き果てて屍となった
旧日本軍の話はベトナムの他、アジアの国のいたるところでも
聞かれる。きっと残留日本兵たちの胸中には、「何のために闘うか」
という命題の答え(使命)を持っていたのだと思う。
旧日本軍の話はベトナムの他、アジアの国のいたるところでも
聞かれる。きっと残留日本兵たちの胸中には、「何のために闘うか」
という命題の答え(使命)を持っていたのだと思う。
戦争のない平和な時代。平等に教育を受けられ、仕事も引く手あまた。
美味いものや娯楽にあふれ、高度医療によって長寿も享受できる。
そんな幸運な時代の国に生まれたことは喜ぶべきことであるが、
「個人の幸福」が優先されるようになったら、自分の「生き方」や
「使命」はどこにあるのか?それを見出すのは、とても難しい時代
なのかもしれない。
美味いものや娯楽にあふれ、高度医療によって長寿も享受できる。
そんな幸運な時代の国に生まれたことは喜ぶべきことであるが、
「個人の幸福」が優先されるようになったら、自分の「生き方」や
「使命」はどこにあるのか?それを見出すのは、とても難しい時代
なのかもしれない。